鏡屋今昔

鏡屋今昔


昭和20年代のミラー専門店岡本鏡店の様子
岡本鏡店は、ガラスの卸問屋として、歴史に小さな一歩を踏み出しました。当時の名乗りは「岡本喜商店」、明治30年(1897年)のことです。 創業者の名は岡本喜兵衛、嘉永元年(1847年)の生まれで元は仏師。仏様を彫むことを生業としていましたが、なぜ仏師からガラス卸商へ転業したのかは今もって全く不明のままです。

上の写真は、昭和20年代の岡本鏡店の様子です。通りすがりの男性が珍しい商売のためか興味を持ってフィルムに収めたものらしいのです。その後、どこかの写真展に応募したところ2位入選を果たしたとか。1位になれなかったのは、撮影者が鏡にわずか映り込んでしまったためとのことです。鏡を磨いている女性の向かって右側の鏡台に、腕らしきものが映っていますね。ちなみにこの女性は現当主の母。歴史を感じる一枚です。

雨森芳洲翁をご存知でしょうか。江戸時代中期に対馬藩に仕え李氏朝鮮との通好実務に携わった儒者です。芳洲翁は、歴史の教科書にも登場する人物で、外交思想は常に「平等互恵、誠信」にあり、自らも善隣外交の実践に努めました。老いては自宅に私塾を開き、後進の指導育成に力を注いだそうです。この芳洲翁を輩出した雨森家は北近江高月町雨森を拠点とする土豪です。
ところで、創業者は喜兵衛と記しましたが、実はこの喜兵衛は二代目で初代がいました。この初代が雨森家の出身のようで、江戸期末頃に岡本家へ養子として迎えられたようなのです。三代も遡れば己のルーツが分からなくなる中で歴史に名を残す人物がいたり遠い祖先を俯瞰できるとは何とも不思議な思いがします。
岡本鏡店のご先祖雨森芳洲

太平洋戦争後、暫くはガラス卸商と鏡専門店を共立していましたが、昭和44年の株式会社化と岡本鏡店ビル竣工に伴い、ガラス部門を廃し、鏡専門店への特化を計りました。国産ミラーをメインに、ドレッサーや姿見など、常に斬新さを追及し好評を博しました。平成に入り、欧米を始めとする海外ミラーの輸入に取り組むとともに、サイズを自由に変更できる岡本鏡店独自のオリジナルオーダーミラーの販売を開始し現在に至っています。

ミラー専門店岡本鏡店の店内写真
ミラー専門店岡本鏡店の店内写真

岡本鏡店は、大企業ではありません。また、大企業になりたいとも思っていません。「継続」こそが目標であり、「継続」を願うからこそ「進歩」があると考えています。まさに「継続は力なり」です。

下の写真は、創業者喜兵衛がまだ仏師だった頃に彫んだお稲荷さんと思われます。木箱には「西京御仏師 寺町通四條下ル 岡本喜兵衛作之」との墨跡が残っており、明治維新後、当時の京都人が東の「東京府」に対抗し京都を西京としていたことから二代目喜兵衛の作と推測できるからです。このお稲荷さんは、今も滋賀県大津市の「西福寺」にひっそりと祀られています。
お稲荷さん